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後継者争いと失意の晩年

李成桂は、八男の李芳碩に後を継がせようと思っていたが、それに反発した王子達が、1398年に反乱を起こした(第一次王子の乱)。これにより、芳碩と功臣鄭道伝が五男の李芳遠に殺されてしまうと、李成桂は芳遠の奨める次男の李芳果(定宗)に譲位し、退位してしまう。その後も李成桂の王子達の反目は続き、1400年、今度..
update:2009年08月23日
【言葉の処方箋】
■働くことは私の感じでは、食べることや眠ることよりも... (フンボルト)